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そうならないためには、いまにも切れそうなクモの糸にすがる気持ちで、H氏は二年間死力を尽くしてがんと闘ってきた。
そうして七ヵ月前、「生きる道」を見つけたのだ。
それがほかでもない、前述した最新抗がん剤オキサリプラチンだ。
オキサリプラチンは、日本人研究者が開発に成功し、国際的なレベルでも薬剤の安全性は実証済みである。
だから現に、フランスをはじめヨーロッパ各国では、進行大腸がんに対する標準治療薬としてごく一般的に使われている。
これを世界標準治療薬と呼ぶ。
だが残念ながら、わが国では正式承認が大幅に遅れ、なお「未承認薬」扱いだ。
そのため、がん患者が強く望んでも、世界標準治療薬による最新のがん治療を、国内で受けることはほとんど不可能なのだ。
この事情は、たとえ国立がんセンターや大学病院レベルでも同じだ。
なぜなら、これも前述のとおり、現行医療法がそう定めているためだ。
ただし、ここに一つ、患者側には「法の抜け道」が存在する。
理解ある医師を通してオキサリプラチンを個人輸入し、抗がん剤治療が得意な医師の手で投与してもらう。
このやり方なら違法ではなく、誰からも文句は出ないが、国内法上、これが保険適用外の自由診療とみなされ、今度は健康保険証が使えなくなってしまう。
別の言い方をすれば、人知れず死の不安と恐怖に向き合う日々、がん患者がやっとの思いで一筋の光明を探り当てたのに、時代遅れな法が、人間の命よりも優先されるのである。
結果的に、H氏は「法の抜け道」を選択した。
ごく平均的サラリーマンで、手堅い生き方の彼が、なにゆえ、このような選択を決断したか。
理由は単純明快である。
もはや他の治療法ではステージWの進行がんの勢いが止められなくなったからである。
「私は、(現在の通院先で)日本で手に入る最新抗がん剤をすべて試していただいたんです。
それらの薬がことごとく効かなくなった。
だから、オキサリプラチン以外に手はなかったんです」
そう語ったH氏のすぐ横に、主治医の平岩正樹医師(前出)がいた。
平岩医師は、進行がんに対する抗がん剤治療を積極的に手がけ、世界レベルの治療情報にもよく通じている。
同医師が苦渋の表情を浮かべ、言った。
「がん治療の第一の目標とは、患者さんの命を救うことです。
しかし、そのために医者が法を犯していいという理屈は通らないのです。
自由診療による未承認薬の使用は、患者さんの命を救うのにギリギリの選択でした」
平岩医師によると、進行大腸がんにはオキサリプラチンが効き、患者が延命する可能性は高い。
これに対して法律上、自由診療でしか「生きる道」を選べない日本の現状では、どうなるか。
進行がんが悪化した患者の大部分は、医療法の厚い力べに突き当たって死を待つしかない。
あるいは経済的な理由から、自分の命を諦めざるを得ないのだ。
退職金とがん保険金
五十五歳定年時、H氏は、三十七年間勤続で退職金約三〇〇〇万円を受け取った。
うち、退職金の一部を企業年金のほうへ回し、「今後十年間月額五万円」コースを選んだのは、せめて十年先の六十五歳までぱ生きていたいという、再発患者の人生設計だ。
一方、自分が先に死んだとき、めとに残される妻由美子さんの老後も考えておかなければいけない。
H氏は、地元の銀行や郵便局など数口に分け、退職金の残り全額を預金した。
しかし二〇〇一年五月以降には、月平均六〇万円以上もの出費が続いて家計簿の大赤字が膨れ上がった結果、退職後の一年間だけでトラの子の退職金四〇〇万円余りが預金通帳から消えたというのだ。
また、これを不幸中の幸いと言うべきかどうか。
H氏は、元気なころ、民間のがん保険に入っていた。
会社の労務担当者から勧められ、二口契約分で保険料月額四〇〇〇円足らずだ。
給料天引きの健康保険料とは比べものにならない低額で、まさか、それが役立つとは当の本人が夢にも思わず、「いつ入ったかも忘れていた」という。
がん発病後、公的な健康保険証が「空手形」に変わったのと違い、民間のがん保険はウソをつかなかった。
事実、H氏に支払われたがん保険金は、初回手術時と入院四十日分で「二六六万円」だ。
がん再発後は、入院一日当たり三万円(二口分)が保険会社から「H家の家計簿」へ確実に払い込まれてきたという。
「おかげで、宮崎と東京を往復する毎月の飛行機代は、がん保険金によってまかなえまししかし逆に、二口のがん保険がなければ、どうなったか。
また、仕事と闘病を両立させられるような大企業の職場でなかったら、おそらく、この男性のがん闘病は不可能だったに違いない。
「毎月の給料とがん保険金。
この二つがなかったら、私の場合ぱ完全に八方ふさがりです」 これ自体、おかしな話だ。
最後に、H氏が、やや九州弁なまりで素朴な疑問を訴えた。
「アメリカ人とフランス人と日本人。
たしかに国籍や肌の色が違えば、若干の体質的な違いはあるでしょう。
しかし、ある薬がアメリカ人やフランス人のがん患者には安全で、日本人のがん患者には危険だなんて、そういう話はちょっと信じられんのです」
また、彼はこうも言った。
「国のルール上、未承認薬だから自腹を切れというのなら、悪い病気になったのが身の不運と思い、仕方がないので私の自腹を切ります。
ただ、どなたの役割かは知りませんが、せめて健康保険証くらい、がん患者の私が自由に使えるようにしてください」
ひと息おき、彼が結んだ。
「命長らえるために、私には、それ以外の道がありません」
がんに白旗をあげない
Hさんは、治るがんではなかった。
治らないがんと知って彼は自分のQOL(生命・生活の質)を高める道を選ぼうとしたのだ。
それを可能にしたのは、何だったか。
再発から千日余り。
がんとともに生きる歳月に、職場のH氏は、がんを忘れてベテラン課長の顔をしていた。
そうした日々が、必ずしも苦悩と焦燥の時間だけではなかったと思う。
がんを病む身とはいえ、現職課長としてバリバリ働き、都内の病院での入院中は携帯電話で部下を叱り飛ばし、宮崎へ帰った休日には好きなゴルフをその部下だちと楽しんだ。
亭主関白ながら気弱な一面を持ち、彼の闘病には妻Yさんがつねに付き添った。
いや、女房一人を家に残しておくほうが心配だから、と彼は強がりを言った。
私は、そういうHさんが好きだった。
得がたい人生の友だと思っていた。
最初の出会いから数えて二年余り、何度も会った。
年の瀬が迫ると連絡を取り合い、私たちはふぐを一緒に食べた。
一年目は東京のふぐを堪能し、二年目にはH夫妻に誘われ工呂崎のふぐを食べた。
抗がん剤治療のため酒が弱くなり、コップ半分のビールだけでH氏の顔面は真っ赤に染まる。
好物のふぐ鍋をつつきながら、ほろ酔いの彼が言った。
「人生の出会いというのは不思議なものですね」
不思議と言えば不思議なご縁だ。
がん患者でなければ、ジャーナリストの私と出会うこともなかったに違いない。
まして、がん医療の矛盾について、マスメディアで告発するような性格の人ではなかった。
がんを病んだ後、Hさんは深く考えるところがめったのだろう、「同病の患者さんのために」と語った日の顔が心に残る。
再発後の彼の生き方が、ふつうの患者と少し違ったところは、よい医者を探したこと、
病気も人生の一部と割り切れたこと、最後までひとりの医者を信じてがんに白旗をあげなかったこと。
彼のがん人生に必要なものは勇気と想像力、そして、心ある医者だった。
私は、この国の医療には「三人の主役」がいるのではないかと思うことがある。
患者と医者、そして役人だ。
いや、その役人を操る政治家をもひっくるめて三番目の主役とみるべきかもしれない。
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